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1.
小沢健二、ヴォーグ誌でニューヨークの生活語る - ナタリー

小沢君、老けたな。。。ますます叔父様に似てきたこと。
こちら、征爾さんがちょうど今の彼と同じ位の年齢のときのもの。やっぱり似てるよw



2.
家庭負担、最大月579円=再生エネ買取導入で4選択肢−経産省 - 時事ドットコム

何気なく記事を読んでいて面食らってしまった。
「現行制度と同様に、電力会社が買い取りにかけた費用を電気料金へ転嫁した場合」というが、どうして「転嫁」ありきの話になっているのだろうか。

「再生可能エネルギー買取制度」なるものが、環境や国際協調のためだろうというのはなんとなく想像がつくけれども、どうして利用者が金銭面で負担しないといけないのか、きちんと説明はされただろうか。
誰の為に、なにゆえやるのかがまず先にあって、次に企業努力でどうにかならないか検討する、そしてその結果、仕方ないので払ってください、という順序は踏んでいるだろうか。

インフラやライフライン系企業には、構造的に競争原理がほとんど働かない。なくてはならないものだけに、我々(あるいは企業)は請求されるがまま、税金同様払うしか術がないのだ。だからといって、なんでもかんでも、利用者負担という発想で済まされるものではないだろう。(ちなみに底意地の悪いことを言うと、今年の春闘で、電力会社の一時金は増額の見込みだ。O君、M君、俺はあえて書くぞw)

追記:
O君から解説のメッセージをもらった。なるほど、電力会社も法令の押し付け(そこには、利用者の負担もちゃんと謳われている)を食らって苦慮しているそうで、つまりは電力会社の努力だけで解決できる問題ではないそうだ。


3.
TOKYO1週間・KANSAI1週間が休刊へ 講談社 - 文化 - asahi.com(朝日新聞社)

思い起こせば、我々が20歳前後の頃、周りは東京ウォーカー派と、TOKYO1週間派に分かれていた気がする。毎週買うような奴はいなかったけど、たまに買うとしたらどちらか、というぐらいのレベルでの話しですけどね。とはいえ、数で言えば圧倒的に東京ウォーカーの方が多かっただろう。

学生寮に住んでいた頃、GW前や花火時期に部屋に東京ウォーカーが置いてあったりなんかすると、アイツの部屋に東京ウォーカーがあった、さては女が出来たか的な、短絡的な話が度々話題になったものだったwww。東京ウォーカーでさえ、であるw。いわんやTOKYO1週間をや。ww

私はどちらかと言えば東京ウォーカー派だったので、買ったことは一度もないけれど、TOKYO一週間の独自路線、決して嫌いではなかった。
バレンタインだから彼氏彼女でチョコレート塗りたくろうとか、とにかく量が多いお店の特集、ほとんどどれもがネタのレベルだったし、それなりのニーズもあるようにも思いながらも、だからこそ大真面目に買う奴もおらんだろうとは思っていた。

だからといって、「インターネットなどメディア環境の激変と、読者のライフスタイルの変化などにより」という理由が全てなんだろうか。10年前と比べて、そりゃあ圧倒的にネットや携帯から検索できる情報は増えた。それよりも、コンビニで暇つぶしの立ち読みにピッタリの内容だし、買うほどでも…というのが仇になったのではないかという気がする。


4.
民放は昨日はまた"難病の花嫁"ネタだし、今日は"●人兄弟大家族"ネタだし。。。テレビが、どうしてもNHKに行ってしまう件。まあ、逆にまたそういう番組の見るのかよ、ですが。

直伝 和の極意
日本の伝統芸能 中村吉右衛門の歌舞伎入門(1)「歌舞伎の魅力」

そういえば、キムタクドラマの内容が明らかになりつつありますね。

キムタク今度の月9は恋の四角関係/芸能・社会 - デイリースポーツonline

英語ではなくて中国語に堪能、というところは惜しかったですね。社長令嬢というのは見事予想通りでした。目が話せません。

アイツが、、、俺にそれを気づかせてくれたんす - 2010年03月03日

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市町村合併:新熊本市、きょう誕生 植木・城南町と合併、政令市移行目指す /熊本 - 毎日jp(毎日新聞)

政令指定都市を目指し、市域をぐんぐん拡張している熊本市。
指定のための要件のひとつである、人口70万人もこれでクリアということで、いよいよ王手というところでしょうか。
まあ、育ったあたりが「●●区」とかっていう呼称になることが、いまいちピンとこないんですがね。

それよりも、「植木町」など、馴染み深い地名が熊本市編入によって無くなっていくのがさびしいな。(「田原坂」と言えば、熊本市、ではなくて植木、なんですよやっぱり。

とにかく植木町には、西南戦争に関する史跡が数多く点在しております。私が小学生の頃は、砲煙弾雨に晒されて蜂の巣のようになった農家の納屋みたいなものも現存していたと記憶しておりますたが、数年前に見に行くと無くなってました。通りがかったその家のおっさんに話しを聞いたところ、お上から予算も出ないし、自弁する余裕もないから壊したと、そういうようなことをおっしゃってました。
新・熊本市は、きちんとそういう方面にも予算を割いて文化財・史跡の保護をしていただければとw。

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「通学マナーや法令順守…大学生に「常識」指導」という記事。

 通学態度からゴミの分別、法令順守――。

 各地の大学で、新入生らに社会生活のマナーやモラルを指導する試みが次々と始まっている。常識的な内容なのだが、大学関係者からは「最近の学生のモラル低下を考えれば仕方ない」との嘆息も漏れる。

 携帯電話をかけながら自転車に乗ったり、カップめんを食べながら歩いたり……。新入生を迎えるこの4月、通学路でそんな行為に目を光らせるのは、東京都国立市の東京女子体育大・同短大だ。JR西国立駅からキャンパスまで800メートル区間の10地点に、腕章を付けた女子学生が1週間、交代で立ち、「通学マナー」を指導する予定だ。

 近隣住民から苦情が相次いだため、大学側の提案で、1年ほど前から年度初めなどに行っており、2年の三川沙紀さん(20)は「同じ学生の声は身に染みて、効果的です」と話す。

 ここ数年、学生の大麻所持事件などが相次いだ京都大は4月から、新入生に法令順守の大切さを教える特別講義をスタートさせる。薬物の危険性をビデオで呼びかけるなどの内容で、講義は2011年度から単位に認定される見通しだ。

 1年生の必修科目「大学・社会生活論」で、ノートの取り方からゴミ分別まで教えるのは金沢大。担当の古畑徹教授(51)は、「学生から『何でそんなことまで』という声もあるが、ゴミの捨て方で実際、大学に苦情が来た。社会に巣立つ前に基本常識を学ばせたい」と語る。

 背景には、大学生の深刻なモラル低下もありそうだ。国際基督教大(東京都三鷹市)は図書館で借りた本を貸出期間中に返却しない学生が多く、1冊1日あたり10円の「延滞料」を課し、完済するまで卒業を認めていないが、2日現在、延滞料の合計が約7万円に上る学生もいるという。

 2年前に学生がイタリア・フィレンツェにある世界遺産の大聖堂に落書きし問題になった京都産業大は、新入生に配るガイドで、ゴミのポイ捨てや落書きへの注意から、薬物使用の禁止まで呼びかける。学生の「茶髪・ピアス」を原則禁止しているノースアジア大(秋田市)は、指導担当の職員が定期的に学内を巡ってチェックしている。

 バンクーバー五輪で、服装の乱れや記者会見の対応が話題になったスノーボード・ハーフパイプ代表、国母和宏選手(21)が国際文化学部に在籍する東海大。当時、「誠に遺憾」とコメントを出したが、服装などの細かい規則は設けておらず、「非常識な振る舞いや服装は、学部や部活動で指導する」としている。

 中央教育審議会委員を務める金子元久・東京大教授(高等教育論)の話「学生を人間的に成長させるためにどんな取り組みが望ましいか、模索中の大学が多い。マナーやモラル教育に力を入れる背景には、深刻な就職事情もある。常識のない学生は就職でつまずく可能性があるからだ」


う〜ん、複雑。大学って一体なんなんだろう。

社会が大学にこういった要請をしているということは、逆に言いますと大学に通わない人に関してはその教育に漏れてしまう、ということを認めていることだと思います。
あるいは、もはや平均すれば高卒生と大卒生で、学力その他でそんなに差があるとは言えない、ということも言われておりますね。
大学でしか身につけられないような専門的な知識が要求される仕事を除けば、4年間何もしていない学生よりも、高校卒業後4年間働いたひとの方が、むしろ23歳時点で客観的に見たときに仕事の上ではうまく立ち回れるケースの方が多いのではないか。(自分だってそうだったと思います。)

希望留年制度:大学公認、「新卒」で就活に再チャレンジ - 毎日jp(毎日新聞)

「新卒」にこだわる病根は、こんなところまで来ている。

就職活動対策で、お辞儀の仕方だの、日本語についてだのを、1年から教えますよと、それをウリにしている大学もあるらしい。大学にとっては、就職実績が上がるかもしれないし、単に在籍させているだけで授業料も懐に入るのだから、こんなに美味しいことはないだろう。
「新卒」にこだわる病根は、こんなところまで来ている。

もはや大卒前提の新卒採用を行うことに、どれだけの意味があるのだろうか。就職活動なんて学歴・学閥が勝負だっていうけれど、もはやそれ以前のレベルで、社会人として土俵に立てていない大学生が多数いるということだ。
先日テレビで「就活予備校」なるものが取り上げられていたけれども、見ていてその講師の日本語がおかしかったのだから、もう目も当てられない。
何もかも、本当に滑稽なことである。

同じ目に遭わないために、学生は、親は、どうすべきだろうか:日経ビジネスオンライン

 最近では、学生の親に向けた就職活動の本も増えてきました。例えば、『親子でできる就職活動突破法』(洋泉社新書y)、『親子就活 親の悩み、子どものホンネ』(アスキー新書)など。


「親子でできる」って。。。。コネってやつですか???

最後に私自身のことを書くと、親はまったく就活にはタッチしていないし、何も言われなかったけれど、新卒で入った会社は、4年の秋に社長が脱税で捕まったし、転職して入った会社は正月明けたらまたまた社長が捕まった。心配かけてごめんなさい。

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トヨタは「恥を知れ」=元所有者、恐怖体験を証言 - 時事ドットコム

トヨタに落ち度があったのもたしかなことなのでしょうが、どうも今の追い詰められ方、日本人としては少々かわいそうな気もいたします。公聴会の、あの重箱の隅を突付くような質問。。。米国トヨタ社長も言っていましたが、他の自動車会社だって、100%ということはないのじゃないかな。。。
どうも黒船来航、そしてペリーに開国を迫られている幕府みたいぜよ。
ちょうど読んでた本にこういうフレーズがあった。日本もそうなりつつある気がするけれど。

アメリカという社会は、そのときどきの"正義"が異様に光芒を放つ社会で"正義"を核に集団ヒステリーがおこる。

司馬遼太郎「アメリカ素描」


Ladies - Short Program : Schedule and Results - Vancouver 2010 Winter Olympics
フィギュアには興味がないとか言っていましたけど、嘘です。中野友加里が代表に選ばれかったのは残念だと思っておりましたし、今日も興奮しながら中継を見ておりました。
もう、試合後の会見(3位の方が欠席し、浅田とキム・ヨナ二人だけになったのだ)、FPの順番も含めて、もう漫画の世界ですよね。明後日のFPが楽しみすぎる。


▼NHK教育の「知る楽」は高田渡でした。ホテルで意識を失う直前、ライブ映像をはじめて見ました。ふらふらで、手元も覚束無くて。。。たまたま最後の曲が「生活の柄」だったというのも、ジーンと来ました。


▼そんな余韻に浸りながらチャンネルをそのままにしていたら、「視点・論点」が「ツイッターと孤独」というテーマだった。もうやだw。総合に変えて、CKBを見てます。
横山剣さんはお父さんも凄い(渋い)風貌だったんですね。最近では高校の校歌まで作曲してるのか!

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瑛太、上野樹里のダブル主演で“Twitter”ドラマ! 脚本は北川悦吏子 - ニュース-ORICON STYLE-

このドラマ、出会いが単にTwitterってだけで、それ以上、話の膨らましようがあるのだろうか。小道具として、チャットやSNSと何が違うのかな?Second Lifeではダメだったん?
結局、いくらネット上のやりとりを描いたところで、本人同士が生で会わないと、ドラマとしては成立しないはずですからね。
瑛太が必死でtweetしまくるも、当の上野樹里が実はbotだったことが最終話で明かされるとか?それなら得心がいく。
なんというか、流行りに乗ろう乗ろうとして"リアル"を謳うがゆえに"こんなありえね〜よ"的なツッコミも入れやすくなっちゃうのかなとか、劇的にしづらくなっちゃうのかなとか思う。

ネットは、出会いのきっかけの装置としては使える。
でももうそれも「You've Got Mail」以降陳腐化してますよね。webサイトからメールに、メールからSNSに…と変わっただけで、基本的に"出会うハズのない二人が云々…""えーッあのIDってあなただったのッ?!"、とみたいなところは全く同じかと。

さらに言えば、もちろんメールの文言なんかで、"そういうつもりじゃなかったの!"的なプロットは容易に思いつくけど、むしろ現実世界では、この文明の利器(古い表現)のおかげで、勘違いやら誤解の可能性の早期発見・早期解決に役に立っちゃってることの方が多いんじゃないか思います。

ドラマの起承転結を考えた場合、当然出会いがあり、そして最終的には落とし所があるわけだけど、過程としては諍い(一回離れるw)はやっぱりあるでしょう。
そのきっかけはまあすれ違い勘違いだったりするわけだけど、反面、固定電話→ポケベル("ポケベルが鳴らなくて"、とかw)→ケータイ→メールと、傷口も広がる前にどんどん塞げるようになってるんじゃないか思えるんですよね。

結論。ネットサービスありきのドラマ、ではいかん。目的と手段がどうも逆だ。
いろいろ考えていくと、ネットもの(実話だけど)で画期的だったのは電車男以外にはないなぁ。あれは先に生で出会ってて、そこからネットを使ってどうこうする、ということだから物語としてもうまくいったんじゃないか。

昔の映画やら、時代設定が古い映画を見てると、時計をチラチラみながら、やっぱり彼は来ないんだわとか思い込んで帰っちゃう、みたいなシーンとか、「あぁ、ケータイがあったらこうはなるまいに」とかって、登場人物に同情しちゃったりすることがよくある。それこそがドラマですからね。その点、SFも同様ですね。タイムスリップものなんて、いつの時代でも使える。
私が歴史ものを好む理由もけっこうそこによるところが大きい。

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