台風の進路は西へ西へと逸れ、多少の風はあったものの、結局土日はほとんど晴れと言って良い気候だった。暇すぎてついに坐禅にまで手を出して来た。

空海と密教美術展
公式サイト

行こうかどうしようかずっと迷っていたが、大学時代の友人が僧侶として働いている高野山には一度行ってみたいと思っているし、それなら予習として押さえておくべきだろうという思って行ってきた。

行くのをためらっていたのには、"密教美術"というものに今ひとつ興味が持てずにいたことがある。(もっと言えば平安文化。)
そのものを美術として見たときに、興味を惹かれるのはやはり時代としてその後に来る禅宗の書画や庭園であって、密教の曼荼羅や法具の類を見ると、自分たちのルーツにあるものというよりは、遠い世界の美術というか、どこか海外の美術を見ているような思いになってしまうのだ。
逆に言えば、この禅宗美術への親近感というのは、おそらく僕たちの精神、生活の中に禅宗の影響を受けているものがあまりに多いからだとも言えるのだろうけど。

とはいえ、「国宝・重要文化財98.9%」と謳っているだけあって、大変勉強になりました。
中学・高校の修学旅行で行ったし、その後も2、3度行っているはずの東寺からの出品が大半でしたが、とくに仏像は今回の展示ほど間近に見ることはできなかったように思います。密教における仏像の装飾が独特なものであることを改めて認識。まだ訪れることの出来ていない神護寺・醍醐寺のものも多数ありました。

とりわけ印象深かったのは、書の領域でした。空海の書は変幻自在、草書もあれば隷書もあり。もちろん僕には良し悪しなどは分からないのですが、行書のものはまるでPCから印刷したような美しさの中にも感情の起伏があるよう。お客さんの中で、そちらの心得のある人が結構いたみたいで、あちこちから「あの"夢"の字は凄い」「あそこの払いが凄い」などと、絶賛の声が聞こえていました。

ピークは過ぎたそうですが、館内はなかなか混雑していました。昨今の仏像ブームのせいか、女子大生のグループみたいなのも結構いたし、果ては制服の女子高生までが居た(仏教系の高校の生徒で、見てこいと言われたからのかもしれないけれどw)。


坐禅に初挑戦
この日、たまたま西武新宿駅からすぐの「長光寺」さんで無料の坐禅体験があるということがわかったので、恐る恐る参加してみた。真言宗の直後に曹洞宗ということをしても怒られないのが日本のいいところ。

坐禅といえば鎌倉でOLがみたいなイメージがあるのでw、若い人も多少はいるだろうと思っていたが、驚いたことに、むしろほぼ20代で半数は女性だった。人数が集まりすぎて、道場に入り切れない人もいた。みんな何がきっかけでここに来たんだろうか。Gyaoで聖闘士星矢の再放送やってるし、おとめ座のシャカを見て思い立ったんだろうか(そういえばあれは宗派で言えば何に近いんだろうか。)。

地下の道場に案内され、住職さんに座り方などの説明を受け、壁に向かって30分の坐禅開始。
これがたいへん難しい。月曜からのことや、終わったら何しようか、などなど雑事がとめどなく浮かんでくる。ときどき空っぽになる瞬間も訪れるのだが、あー今何も考えてねーと思った瞬間ダメでw、後半に足もしびれてくるし、寝不足もあって次第に眠気も襲ってくる。
終わったあと、再び住職さんの法話を聴く。聴かずに帰ってもいいよと言われたが、そこで帰った坐禅ボーイズ坐禅ガールズは居なかった。みな充実の表情だったw。

とにかく30分間が非常に長く感じられたことと、しばらく足の痺れが残ったのが一番の印象なのですが、たった30分でも何かに耐えてじっとする、ということが日々の生活の中であまりに少ないということを痛感させられたことだけでも大きな収穫でしょうか。機会があればまた参加してみたいと思う。


さて、「空海と密教美術展」のウリ文句で、「オーラを浴びる」というのがあった。また坐禅会が終わったあと、「マイナスイオンが、α波が云々」と話している女性もいた。

仏像にしろ坐禅にしろ、このブームが単に伝統文化への興味関心がベースであるならばまぁ大変結構なことだろうと思うのだが、多くの人が"癒し"とか、悩み解決の拠り所して仏教を持ち出しているのだとしたら、それは果たして健全なのだろうかとも思える。

日本史上、仏教がブームになったのは戦乱や飢饉・疫病が蔓延したときや、自己修養が流行ったときだったと教わった。もちろん、かつてのお寺の役割のひとつに地域のよろず相談所という機能もあったのだろうけど、現代の日本人が、家族や友人知人、地域の包摂性、そして自分自身で種々の悩みを解決しきれずに仏教に入ってきているのだとしたら、伝統回帰以上に寄る辺なさが際立ってきている証拠なんじゃないか。