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特別展 細川家の至宝 −珠玉の永青文庫コレクション−

熊本出身ですし、大学1〜3年まで住んでいた寮はたまたま細川護立邸の跡地だった。
敷地内にあった洋館、隣接している永青文庫も毎日のように見ていたから、これはもう見に行くしかないだろうと。
そう思いながらも、最終日になってしまった。会場内には、若い女性がとても多かったように思います。

和歌に精通していた細川幽斎、茶人として利休の最高の弟子の一人と謳われた三斎、植物・動物図鑑を自前で作ってしまった重賢、天才的な美術コレクターだった護立…と、細川家歴代が蒐集したお宝の数々。

大名と言っても、大半が戦国時代、あるいは関ヶ原以後に立身出世した家柄である中、細川家は鎌倉時代から綿々とつづいているだけあって、質・量ともに圧倒的だ。
それは美術品だけでなく、史料の面でも一流過ぎる。信長、秀吉、家康など、歴史上の重要人物からの書状がいくつも。
"それでも、宝物は戦争で焼けてしまって…"ということを現当主の細川護煕元首相が冗談交じりに言っていたが、ここでいう「戦争」は「第二次大戦」ではなくて「応仁の乱」です、という話が、まさにそのコレクションの凄さを言い当てている。
実際、「錦の御旗」が展示されていて、うちの妻も「幕末の?」と言ってましたが、案内を見ると、南北朝の乱のときのものでした。

護煕さんのおじいさん、明治〜昭和期に活躍した護立のコレクションも大変なものだった。
10代の頃、母親に小遣いを前借りして買ったという日本刀や、中国で買い付けてきた紀元前の鏡がその後国宝に指定されたり、駆け出しの横山大観らを支援したりしているというから、その審美眼は相当なものなのだろう。さらに、骨董的な品だけでなく、同時代の印象派絵画まで手を伸ばすという、守備範囲の広さ。
これだけバンバン買えちゃう財力はもちろん、屏風や巨大な石仏なんて、どうやって家まで運んで保管したんだろう…と思ってしまう。まぁ普通の人には手の届かない趣味だ。

ふと、爺さんの爺さんの爺さんの…と、大谷家歴代が藩に納めてきた年貢が本日鑑賞したお宝の数々に化けたんかな…wなどと思い、ちょっと複雑な心境になりながら会場を後にした次第。