これまでも書いた事があると思いますが、
今日mixiで阿佐ヶ谷住宅の今後についてのトピックスが立っていた事もあり、
改めて阿佐ヶ谷住宅について振り返ってみたい。

高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪の辺りは、細い路地が非常に多く、今でも道に迷うことがある。
二年前の冬の真夜中、自転車で散歩していた僕は、そのときも道に迷ってしまっていた。
急に視界が開けたと思うと、突如としてそこは夜霧に包まれた、恐ろしく静かな"街"が拡がった。
広大な敷地の中には人影も見えず、先へ先へと曲がりくねった道路の途中途中、
街路灯の明かりが夜霧を切り取って、白々とした球体を形作っていた。
ここは平成の日本?と一瞬疑ってしまうほどのあまりの異様な雰囲気に、
冬の寒さも手伝って、ちょっとした恐怖体験である。
それが僕と阿佐ヶ谷住宅との出会いだ。

1020-31020-1








それからほどなくして、昼間に訪ねてみた。
やはり人影は殆どないが、夕焼けの中、優しい色調の世界が拡がっていた。
住人もまばらな建物と建物の間は芝生になっていて、
もはや誰も乗る事の無い、錆び付いたブランコが静かに佇んでいる。
敷地内を走る道路は、決して直線にはならず、緩やかな曲線を描いていて、
敷地の外に出ればそこには善福寺川に沿って作られた公園がある。
そして最初に感じた、時間と空間を飛び越えてしまったかのような、
この景色は相変わらず僕を魅了し続けた。

1020-21020-4














興奮冷めやらぬまま帰宅して調べてみると、
東京でも最古級の公営の集合住宅だそうで、設計は前川國男、とのことだった。
前川國男といえば、新宿の紀伊国屋を始め、
僕の地元でも熊本県立劇場、熊本県立美術館など、見慣れた建築を手がけた巨匠である。
比較的規模の大きな、重厚な雰囲気の作品が多いイメージを持っていただけに、
こういった、どちらかというと可愛らしい建築を手がけたことがちょっと意外だった。

それから折に触れて散歩がてら写真を撮りに出かけたりしていたが、
入居者も殆どなく、半ば廃墟に近い建物もある中、
このエリアの将来がどうなっていくのか、気がかりだった。
僕はこの建築群が気に入っていたので、
取り壊しになったら住民運動しようかななどと、
周りに冗談めかして言ってみたこともあった。

そんな阿佐ヶ谷住宅、やはり数年のうちに取り壊され、
あらたな集合住宅に生まれ変わるらしい。
近隣では古い住宅が次々とマンションなどに姿を変えている。
人気のエリアでもあり、周辺の地価から考えても、この広い敷地の資産価値はかなりのものだろう。
都がもっと高層の住宅群を建てれば、都営住宅として人気が出るに違いない。
もちろん建築作品として貴重ではあるが、
僕のような愛着、心情的な理由以外に、このまま放っておく意味はないといえばない。

反対運動の兆しも見え始めている。なんとなく参加してみるかなあ。
消えてなくなる前に、この貴重な風景を、みなさんにも是非その目で見てほしいです。

※今回は僕の写真を何枚か載せましたが、こちらに素晴らしい写真が沢山ありますのでどうぞ。