スカイツリーを見に行く




花粉はひどいですが天気が良かったので、いよいよ5月に開業が迫ったスカイツリーを近くで見てみようということに。

実はうちの最寄りの西武新宿線上石神井駅の駅舎からも、晴れの日であれば見えるスカイツリー。
(キョリ測で調べたら19.8km先です)



腹ごしらえは、永井荷風先生が晩年の10年間通いつづけたという浅草の「キッチンアリゾナ」で。

右側の写真はお店の前を通る荷風先生。左側が現在。

食べたメニューのことなどが有名な「断腸亭日乗」に出てくるそうですが私は読んだことがありませんw

さて、すでに吾妻橋のあたりから、スカイツリーが見える場所ならどこでもと言っていいくらいに、あちこちで道行く人達がカメラを向けている。
まぁ向けたくなる気持ちもわかるくらいデカイ。
残念ながら今日は40-150mmのレンズで行ってしまったので、全体を収めることができませんでしたw。



隅田川を渡ってすぐの墨田区役所近くではスカイツリーに背を向け、一心スケッチをしている人がいまして、何を書いているのだろうと目をやるとそこにはビルに映るタワーの姿が。



そして区役所脇には、数年前に建てられた墨田区出身の英雄・勝海舟の像が。(ちなみに生誕地は両国国技館近くの公園です。)
残念なことに、スカイツリーと勝先生の間には区役所のビルが建っているため、同じフレームに収めることはどうしてもできない!



さらにスカイツリーに近づく。向島の下町風の住宅街の合間に偉容が見えてくる。


日常に突如現れた非日常とでも言いますか、かなり違和感があります。

先週の土曜日に「業平橋駅」から名称変更した「とうきょうスカイツリー駅」。
ここもホームと併せて見ると、なんだか現実感がなくCGのようでもあります。



真新しい駅入り口。モデルっぽい女性が、なんかの撮影をやってました。
「ごめんねー!待った〜?」というセリフを何回も言わされていて、仕事とはいえ大変だなあと思いました。



真下から見るとこういう状態で根本からてっぺんまで収めきれないので、


そこそこの倍率を活かして






ディテールはこんな感じですよということをお伝えします。

とにかく周辺はごく一般的な住宅街なので、路地や建物の間からこれが見えると、かなり異様な感じがします。

開業前でのこの時期でさえ、住宅街がなかなかの賑わいでしたから、5月の開業後はさぞ凄いことになるんだろうと思います。

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さて、再び浅草に戻り、水上バスで浜離宮まで行き、そこから大江戸線で帰ることにした。
なかなか素敵です。

駒形橋と吾妻橋。


永代橋。


いずれも架橋は昭和初期。

この茶色い建物、ロングバケーションのキムタクのマンションの設定だった建物の跡地に建てられたものですね。
手前両側に見える高層マンションは当時はなく、生命保険会社の看板と防波堤くらいですかね、往時を偲ぶものは。上京してしばらくしてから友達と見に行ったとき、すでに建物などが無くなっててショックを受けた淡い思い出がありますw



浜離宮の船着場からは、レインボーブリッジと停泊中の海王丸が見えました。



水上バスの中から見えた夕景の東京タワー。


スカイツリーをさんざん見まくった後だったこともあってか、そのシンプルな姿がとても小さく頼りなく見えてしまい、えらくさびしい気持ちになりました。

6ヶ月と1年と




おかげさまで0.5歳の誕生日を迎えた息子。寝返りやお座りも随分上達してきました。

そんな中迎えた、3月11日。
僕は自分で書いたものを後で読み返すということはほとんどしないのですが、
1年前書き留めたことはどんなことだったろうかと、珍しく振り返ってみた。

3月11日
3月12日
3月13日〜19日

あれほどの事だったのに、いま思い出そうとするとやや順序が曖昧だったり、記憶が薄れてしまっている部分もあって、改めて考えさせられる。
仕事上、被災地の支援や、被災地のメディアのお話を聴く機会も多いので、なおのこと1年間、自分は全くと言っていいほど、何もできていないなあという思いがします。

さて、私と妻の祖父は残念ながら皆他界してしまっているのですが、祖母は4人とも健在。このほど、息子を母方の祖母に見せるべく、福島まで行ってきました。








これで、ひいおばちゃん4人全員との対面を果たしました。

巣鴨、飛鳥山

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JR山手線を巣鴨駅で降り、寒風の中商店街をゆく。



都内のどの商店街も、最近ではケータイショップだとか、ファストフード店が進出してきているが、ここはさすがに昔ながらの商店街の趣を保っている。なぜか魚屋が多い。

この商店街は、駅が出来て発生したのではなく、旧中山道に当たる。南にゆけ東大前を通って日本橋にたどり着くし、このまま北へ進めば、本庄や馬籠を通って京都まで続いている。旧街道の商店街には寺院が付き物だ。江戸六地蔵のひとつがここにある。




ここでは何と言っても「とげぬき地蔵尊」。知名度に対して、境内は至ってシンプルだった。報道ステーションの取材クルーが、お年寄りたちにインタビューしていた。




巣鴨といえば、耳かきも有名だ。10年来の念願だった、マイ耳かきを作った。




商店街が終わったあたりで、道は都電荒川線と交差する。三ノ輪方面行きに乗って、飛鳥山まで行ってみる。




ここは江戸時代からの観光名所だった。近年再び整備され、春には桜がとても綺麗だと思う。この石碑も、300年近い歴史を持つ。



丘の南側は、渋沢栄一の旧邸跡だ。資料館も充実していて面白い。
土曜日の日中だけ内部が公開されている「青淵文庫」と「晩香廬」。いずれも内部の装飾が素晴らしいのだが、撮影はNG。。。









茶室などの木造建築は戦時中に消失しており、今は礎石や手水鉢が残るのみで、寂しい。





飛鳥山の東側には王子駅があり、JR京浜東北線、東北本線、東北新幹線が走り、さらに西側から迂回してきた都電荒川線も通っている。見晴らしの良い場所からは、子どもたちが電車の通過を待っていた。

東側の遊歩道から、王子駅へと降りて行く。
途中、妙な光景が広がっていた。




先日、王子駅で沿線火災があったことを思い出した。

東京・王子の「さくら新道」で火災 京浜東北5時間ストップ - MSN産経ニュース

その現場だった。



いずれも2Fの床が抜け落ちて、家財道具が店の前まで散乱しており、住んでいただろう人々の写真も落ちていて、とても痛ましい。




ここは「さくら新道」という名前で、昭和の香りを残す長屋風建築に、居酒屋・スナックが並ぶ、ちょっとした有名スポットだったらしい。帰宅して、ファンの多かったこと、在りし日の姿を知る。

飛鳥山の真下に建つ戦後闇市の残照 - 集落町並みWalker
王子 飛鳥山 さくら新道飲食街 - 写真撮っけど,さすけねがい?
王子  炎上さくら新道 - 東京雑派  TOKYO ZAPPA

無残!王子駅前「さくら新道」炎上 - 東京DEEP案内
さくら新道の火事 - 東京路地裏ノート
さくら新道の火災に関する相談窓口の開設について - 東京都北区

いずれ撤去されるのだろうが、王子駅のホームからも、ハッキリと見えた。





より大きな地図で 巣鴨、飛鳥山 を表示

神田界隈

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JR御茶ノ水駅あたりから聖橋をあいだに置いて湯島台を見ると、丘を樹木がおおっている。梢がくれに湯島聖堂の甍が見えるから、安藤広重の絵が忍ばれぬでもない。






いまはその向こうに東京スカイツリーが見える。

聖橋を北にわたって、湯島台の昌平坂に入ってみた。江戸時代からこの坂は、新旧二筋あって、こまかく云々する煩を避けるが、いずれにしても昌平というこの名は、孔子がうまれた郷村の名を取ったといわれている。

203p





いま旧観どおりのたたずまいをみせているのは昭和十年に完成したもので、木造ふうながら、鉄筋コンクリートだという。
 さらに歩いて入徳門をくぐった。
 たかだかとした石段をのぼって杏壇門に入り、やがて孔子をまつる大成殿のまえに出た。この聖堂とそれに付属する昌平黌こそ、日本の官学の最高権威であることが、二百年もつづいたのである。

210p











域内を歩きながら、
「助勤」ということばを思い出した。

<中略>

私は、以前、新選組における“副長助勤”ということばの来歴について調べあぐねていたことがある。助勤は、国語辞典にも漢和辞典にもなかった。

<中略>

出羽の人清河八郎(一八三〇〜六三)は、安政元(一八五四)年昌平黌に入り、ほんの一時期ながら、書生寮にいた。
「助勤」という用語が新選組に流入したのは、この清河を経たのではないか。

222〜225p


大河ドラマ「新選組!」では、山南敬助のアイデアとして描かれていましたねこれ。
「大成殿」は、土日祝日のみ内部を公開しています。頭が良くなりそう。

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神田明神が平将門を祀った神社であることは広く知られている。

が、平将門は「朝敵」。江戸時代になって、総鎮守である神社が朝敵を祀っているというのは甚だよろしくないという話になり、形式上、朝廷から赦免された格好になっていたという。

ところが、明治維新がおこり、再びこの件が蒸し返されたらしい。やはり朝敵が祭神というのはいかがなものか、という話で、明治7年には、わざわざ本殿とは別の宮に将門の霊を移し、別の神様を本殿に立てたという。

その後、昭和55年に氏子その他の働きかけによって、再び、そして正式に将門も祭神として復活したそうだが、これに先立って放映された大河ドラマ「風と雲と虹と」で平将門が取り上げられたことがきっかけになったそうである。

「江戸総鎮守」も、案外、時代の風にさらされて、波乱万丈である。

資料館では、神田界隈の様子を描いた浮世絵など多数。きょうは挙式も執り行われておりました。天気もよく、息子もゴキゲン。




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街道をゆく 36 本所深川散歩、神田界隈 (朝日文庫)
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我が家から自転車で5分ほど、善福寺公園にほど近い住宅街の中にある、通りすぎてしまいそうなコーヒー豆店。お店というよりは、雑然とした倉庫のようなところといっていい。

主は20年ほど前に趣味の登山で得た知己たちから豆を直接仕入れ、"無農薬"、そして"フェアトレード"をモットーに豆の卸業を営んでいる。その傍ら、豆を焙煎して小売をしている。だから、お店というよりは倉庫のような場所なのだ。

このお店が他にちょっと違うことと言えば、主は1911年生まれなのだ。しかし、動作や話しぶりは80歳前後くらいにしか見えない。国内での登山は日常茶飯事、さらに毎年アフリカや中南米へ自ら足を運び、一人で豆を買い付けてくるというから驚きである。

モカが入ったからそれを挽いてやるとのことで、言われるがままにする。200gで700円。「まぁ、せっかく来たんだから座れや」と言われ、淹れたてのコーヒーをいただきながら、よどみのない口調で語られる思い出話を拝聴する。

しかも、この日は誕生日。101歳である。本人は「もう1世紀経っちゃったよ…」と何事も無かったかのように言うが、なんだかそれだけで一杯一杯が有難い気がしてくる。

このひと、西荻界隈ではちょっとした有名人だが、珈琲界でも知る人ぞ知る存在らしい。
先客は、湯河原で喫茶店を営んでいるという女性だった。この日もわざわざ湯河原から豆を買いに来たらしい。



うーむ、謎だw。僕も色々な話を伺ったが、どこまで本当でどこからがネタなのかよくわからない、実に味わいのある話でしたw

詳細は散歩の達人 2012年2月号にも掲載されとります。月・水・金が営業日ですから、珈琲好きは是非行ってみるべきです。

ともかくも、この人のコーヒーは、旨い。

"限定"という言葉にとくに弱い気がしている。
当初は行く予定はなかったのだけれど、待ち時間が報じられるたびに、これは並んでみないとと思ってしまう。
作品を見たいのか、その熱狂に身を置いてみたいというマゾ的な関心なのかは良くわからないが、外は雨、気温は3度ほどという天候の中、上野へ向かった。

しかし、準備を怠ることはできない。
ネット上には、その行列の凄まじさについての書き込みも大量にあったので、とにかく朝早く行くこと、そして前売り券(買う暇がなかったので、ウェブでプリントするタイプのチケット)を入手しておくこと、これが必須だとわかった。併せて防寒対策もキッチリ。

8時すぎ、鶯谷駅に到着。
そのまま東京国立博物館へ向かう。
門は閉ざされたままだが、券売機の前あたりから人の列が伸びている。
その数、およそ100人ほどだろうか。
しかし、前売り券を持っていて開門を待っている列なのか、券売機に並んでいる列なのかがわからない。
並んでいる皆さんに聞いても、口々にわからないという。

列には、若いカップルや学生風のほか、鑑定団風に"ところでお宝はなんですかぁ?"と言いたくなるような"骨董好きのご主人"風のナイスミドルが多かった。
中には小学生くらいの子ども連れも居たが、この悪天候の中何時間も並ばせるのは少々かわいそうに思えた。

8時40分ごろになり、係員が現れた。すでに僕の後ろには、歩道に沿って長大な列ができている。どうやら、ほぼすべての人が、前売り券を持っている人の列だった。持っていない人はわずか15名ほどだったろうか。そのうちに行列が整理され始めた。

その頃会場に現れた中年男性が、当日券を買った者を行列のどこかに入れろと騒ぎ始めた。確かに、刻々と伸びていく行列を見ていると、当日券を買う列に並び、購入を終えてから、前売り券を持っている人たちの列の後ろに並ぶ、という格好になってしまうから、不公平感を持ったのかもしれない。だが、みなが寒さにじっと耐え雨音しか聞こえないような正門前広場で、「お前名前はなんだ!」などと怒鳴る男性、まさに物言えば唇寒し。

9時を前に、門が開く。4列になり、少しずつ前に進む。9時30分の開館前に入れてくれるのかと思ったが、そこは9時半まできっちり待たされた。

開館後、5分と経たないうちに僕も館内に入ることができた。皆小走りに、まっさきに、"ご本尊"清明上河図へ向かう。まずはこれを見て、そののちに他の陳列品を見るというわけだ。

というわけで僕もその行列に並んだわけだが、ひとりずつ、しかも少しずつしか進まないので、ここからさらに1時間待つことになった。もうすぐそこにガラスケースは見えているのだがw。

そんな折、行列のすぐ後方、途中で座り込み、注意を促す係員に「疲れた!」「椅子もってこい!」などと悪態をつく中年男性。うーむ。こないだ某美術展で中年女性同士が互いにバッグを引っ張り合いながらもみ合っているのを見たが、こういうのを立て続けに見せられると、どうもこの世代は…と思ってしまう。

さて、いよいよ「清明上河図」。英訳された"Riverside Scene at Qingming Festival"の方がわかりやすいが、清明のお祭りの日、開封の日の様子だ。これがもう、縦24センチ、横5メートルの画面の中に、髪の毛ほどの細さの線で、おそるべき緻密さで描かれている。中国における国宝「一級文物」の中でも「神品」と言われるとおり、まさに中国ならではの曲芸的な超絶技巧だ。

待ち時間の疲労もあったせいか、これを見ただけでももうけっこうお腹いっぱいになってしまった。もちろんその他の展示品も、巨大な玉を磨いて作った武器だの、「康煕帝南巡図」だの、ため息の出るような細かさと辛抱強さで作られたモノの数々!中国皇帝の凄さを垣間見た気が致しました。

しかし、6年前に紫禁城へは行ったのだけれど、資料館らしきものは見ずに帰ってきちゃいました。寒いのと中が広すぎて、そんなのどこにあったの?という感じです。当時は今のケータイのカメラよりも画素の低いデジカメで、メモリも32MBとか。北京へもまた行きたいところです。

<特別展>北京故宮博物院200選 | 東京国立博物館 平成館

5ヶ月





5ヶ月経ちまして。
日々撮りまくっている写真やビデオもこまめに整理しようと思いながら毎週土日が過ぎていくという始末で。
うつぶせからの仰向けはできるようになりましたが、仰向けからのうつぶせには至っておりません。まもなく離乳食か、という今日この頃であります。


田町散歩

友人の披露宴が終わり、二次会までの空き時間に、駅前の電器店で写真をプリントした。それは良かったが、帰りの電車でカメラの中の写真を見ようと思ったところ、メモリーカードが無い。…うっかり電器店の筐体に差し込んで抜かないまま帰ってきてしまったのだった。

電話すると、確かに忘れ物として届いているということだったので、きょうはそれを受け取りに、もう一度、田町まで出かけた。

が、それだけで帰ってしまうのはなんだか惜しい。天気も良いし、息子も比較的長い時間、外出ができるようになってきているので、久々にiPhoneの「東京時層地図」を頼りに散策することとした。

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田町駅といえば、西口を出てすぐ、三菱自動車本社の前にある、勝海舟と・西郷隆盛の会談が行われた地を示す石碑。


この地はかつて薩摩藩の屋敷があった場所です。ビルの裏手は山手線の線路になっていますが、かつてはそのあたりが海岸線でしたので、会談の場所からは海が見えたのかもしれません。



慶應仲通り商店街を抜け、「聖坂」を登ると、道は台地上になった土地の稜線を、尾根のように伸びている。両側に寺院が点々と並び、またその合間には大使館や学校、坂道が並んでいる。中には「幽霊坂」という雰囲気のある坂もあった。西側を見れば、今やビルが立ち並んではいるが、現在のJR線の向こうは東京湾が広がり、その景色の良さからこのあたりは「月の岬」と呼ばれていたらしい。

確かに、古代、海岸線がさらに内側にあったであろう時代、ここは岬のようになっていたろうし、事実貝塚も出土しているという。

その景色の良さからか、大正期までは、華頂宮家の屋敷も置かれていた。現在は公園になっているが、延々と続く壁のこのものものしさは公園には似つかわしくないし、いかにも尋常の場所でなかったことを示しているようだ。




伊皿子坂を降り、さらに進むと泉岳寺がある。東京名所の一つだろうが、実は来るのははじめて。

門や扁額など、いかにも禅宗らしい。






境内には沢山の参拝客があった。

四十七士が浅野内匠頭の墓前に首級を供える前に洗ったという井戸。柵に"川上音二郎"という名前が見えるのがまた面白い。



線香を買い、墓前に供える。



煙は絶えることなく…。



帰りは泉岳寺前のバス停から、都バスで新宿西口駅行きという路線に乗って、のんびり帰りました。

結婚式




高校、大学と一緒だった仲間の結婚式。
同じ高校で、出身の大学に進学したのは僕と彼女の2人だけだったので、何かと困ったときなど、お世話になりました。お母さんとも、大学の入学式以来お会いできてよかったです。

三宅島に転勤することを決めたと聞いた時は、わざわざ見ず知らずの土地に(しかも未だ火山ガスも出ているという)良く行くよなあ、と思いましたが、魚がよく釣れるという話どおり、大きな魚、いや、素敵なご主人を捕まえたようでございますw
末永くお幸せに!

4ヶ月




更新を2ヶ月もサボっている間に、息子も4ヶ月になりました。
この間、休みの日は親戚の家にお披露目に行ったり、友人が家にあそびにきたり。
また、はじめて病院にかかるという経験もしました。

お産した病院から退院時にもらった、スタジオマリオのタダ券は、100日のお祝いに使わせていただきました。(家から徒歩5分のところに店舗があるというのは幸運!)

♪しんたろうくん☆杉並・井草八幡宮店 写真館♪:東京・杉並井草八幡宮店:店舗ブログ・店舗情報:こども写真館はスタジオマリオ

生まれてすぐの写真と見比べると別人のようで、できることもずいぶん増えました。
年末年始はもちろん帰省しました。改札を出て、両親と再開している様子が地元TVで放映されまして、家族一同で盛り上がりました。

両親は初孫にすっかり興奮した様子で、とても良かったと思います。






平均的には、もうすぐ寝返り、離乳食開始といったイベントが控えているようで、
日々、新しい発見があって飽きませんね。
(写真は笑顔のものばかり載せますけども、ホントは泣きますしそれなりに大変なこともありますよ)

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